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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)175号 判決 1956年9月06日

原告 株式会社播重

被告 はり重こと山本利雄

主文

被告は、すき焼、洋食及びフルーツパーラー営業に「はり重」なる商号を使用してはならない。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その二を被告の負担とす。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項同旨及び被告は原告に対し金二十五万円を支払うこと、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告会社は、昭和十二年四月九日商号を株式会社播重とし、本店を大阪市浪速区恵美須町一丁目一番地と定め、精肉卸小売、料理飲食及び加工食料品の製造販売並にこれに附帯する一切の業務を目的として設立され、その設立登記を了し、爾来現在に至る迄右営業を継続し、「播重」なる商号は広く認識されているものであるところ、被告は、不正競争の目的を以て原告の本店所在地と同一番地に於て原告の商号と類似する「はり重」なる商号を使用して原告と同一営業であるすき焼、洋食及びフルーツパーラー営業を営み、他人をして原告会社の営業と混同誤認せしめている。よつて、商法第二十条乃至第二十一条又は不正競争防止法第一条により被告に対し右商号の使用禁止を求めると共に、原告がこれによつて蒙つた損害賠償として金二十五万円の支払を求める、旨陳述し、被告の答弁事実を否認し、原告会社は自ら大阪市浪速区内に於ける営業を廃止したものでなく、又本店を同区外に移転したこともない、即ち、原告会社の本店所在地にあつた店舗は、昭和二十年三月十四日の戦災によつて焼失したので、同二十一年戦災地跡に仮建築をして普通飲食店を再開し、その翌年には河豚料理の許可を受けて営業を継続していたが、同二十二年七月五日の所謂料飲禁止政令の施行に伴い右営業を廃止するの已むなきに至つた。そこで、従来から本店営業所と並行して普通飲食店をしていた同市南区九郎右衛門町三番地の店舗に於て純喫茶営業に転じ右政令解除後は同所に於て風俗営業の許可を得て現在に至り、本店所在地えの復帰を念願しているが未だその機会を得ない次第である。従つて、登記簿上に於ても本店移転の登記をせず、右政令施行による本店所在地の店舗廃止後は同所附近の訴外高橋位造方に連絡所を設けて外部との連絡を保ち、浪速税務署に於いても右事情を了承して原告の営業に対し本店所在地に於て課税している現状である。以上のような次第であるから、原告は商法第三十条により浪速区内に於て商号の使用を廃止したものとみなされるわけがなく、又本店は依然として従前の所在地にあるから、右同一番地に於て原告の商号と類似する「はり重」なる商号を使用して原告と同一営業をしている被告は商法第二十条第二項により不正競争の目的を以て該商号を使用するものと推定さるべぎものである、と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、原告主張事実中、原告会社が従前その主張の場所に於てその主張のような営業をしていたこと及び被告が現在右同一番地に於てすき焼、洋食及びフルーツパーラー営業をしていることはこれを認めるが、爾余の事実を争う。なお、以下記述の理由により原告の本訴請求はいずれも失当である。即ち

(一)  原告会社の従前の本店所在地の店舗は、昭和二十年三月十四日の戦災により焼失し、爾来原告は同区内において営業をしていない、従つて商法第三十条の律意に徴して原告は同区内に於てその商号を廃止したものとみなされるから、原告の商号は同区内に於てその法律上の保護を受けることができない。

(二)  又原告会社の商号は「株式会社播重」であつて、被告使用の商号は「新世界はり重」であり、特に「新世界」なる地名を冠しているから、原告の商号と確然区別され、両者の混同誤認を生ずるおそれがない。従つて類似商店ではない。

(三)  更に、原告会社の商号は狭少な地域内にてのみ認識されているにすぎずして、「広ク認識セラルル」ものでなく、又仮に「広ク認識セラルル」商号であるとしても、料理、旅館業等の取引には不正競争防止法の適用がないから、同法による保護を求めることができない。

(四)  以上の主張が理由がないとしても、(一)に於て述べたように、原告の本店所在地の店舗は昭和二十年三月十四日以降存在せず、原告会社の営業は挙げて同市南区九郎右衛門町三番地に移つたから、登記簿上の記載にかゝわらず、原告会社の本店も亦同所に移転したものというべきである。従つて、被告が原告会社の登記簿上の本店所在地と同一番地に於て「はり重」なる商号を使用して原告と同一営業をしても商法第二十条第二項によつて「不正ノ競争ノ目的ヲ以テ」商号を使用するものであることの推定を受けない。

(五)  なお、被告が前示商号を使用するについて不正競争の目的がない。即ち、

(イ)  被告は、昭和二十二年二月頃原告の本店所在地と同一番地に於て「ナニワ食堂」なる商号の下に喫茶及び外食券食堂を開き、次で、同二十三年二月頃から商号を「新世界はり重」として、すき焼、洋食及びフルーツパーラー業を営むに至り現在に及んでいるものであるが、右商号の使用をはじめるにあたり、当時原告は同区内に於て営業をしていなかつたから、原告の了解を得る必要がなかつたが、被告の店舗が原告の戦災地跡であるため徳義上原告の了解を得るにしかずと考え、その頃被告の兄である訴外山本隆太郎を通じ原告代表者藤本喜蔵に対しその旨の挨拶をしたところ、同人は「はり重」の商号使用には異議がない旨を述べたので、爾来公然とこれを使用しているものである。

(ロ)  又料理、旅館業等の商号はその業務の性質上甚だ局地的であり、且つ名称辞句の撰択に種々の制約がある関係上同一又は類似の商号が使用されていることは世上その例が多く、電話帳を一覧せばその多きに驚くほどである事実に徴して、被告が前示商号を使用しても直ちに原告と不正競争をする目的があるものと断ずべきではない。

旨陳述した。<立証省略>

理由

原告会社が従前大阪市浪速区恵美須町一丁目一番地に於て「播重」なる商号で営業をしていたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第十号証の二及び原告代表者本人の供述によれば、原告代表者藤本喜蔵は大正十二年頃先代から「播重」の営業を引継ぎ個人営業をしていたが、昭和十二年三月頃商号を「株式会社播重」とし、本店を右同所と定め、食肉並食肉加工販売及び普通飲食業を目的とする原告会社が設立され、その設立登記を経て爾来右営業を継続していることが認められ、又被告が現在原告の本店所在地と同一番地に於て、すき焼、洋食及びフルーツパーラー業を営んでいることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証乃至第三号証によれば、被告は右営業について「はり重」又は「新世界はり重」なる商号を使用していることが認められる。

被告は、原告の本店所在地の店舗は昭和二十年三月十四日の戦災により焼失し、爾来原告は同区内に於て営業をせず、従つて原告は同区内に於てその商号の使用を廃止したものとみなされるから、該商号の保護を求める本訴請求は失当である旨抗争するが、原告会社がなお存続していることは弁論の全趣旨に徴して明らかであり、且つ原告が現在同市南区九郎右衛門町三番地に於て営業を継続していることは被告の自ら主張するところである以上、右はたゞ原告会社の本店が浪速区内に存在するかどうか、従つて被告使用の商号が原告のそれと類似商号であるとされる場合被告の商号使用が不正競争の目的を以て使用するものとの推定を受けるかどうかの問題を生ずるにすぎず(この点については後記認定の通りである)、右事実の有無にかゝわらず原告は不正競争の目的を以て原告の商号と同一又は類似の商号を使用する者に対し商法第二十条乃至第二十一条によりその使用禁止又は損害賠償の請求をなし得べきであるから、右抗弁は理由がない。

次に、原被告の商号が互に類似するかどうかについて按ずるに、原告の商号は「株式会社播重」であり、被告の使用する商号は「はり重」又は「新世界はり重」であつて、その主体は「播重」又は「はり重」であることは論争の余地がない。そこで、右両者を対比して見るに、これを文字に記載して視覚に訴えれば明らかに相違するものといえるが、これを言語に移して聴覚に従えば共に相同じく、何人も両者を区別することができない。又料理飲食店の商号は文字によるよりも、言語上の呼称によつて顧客に親しまれ且つ記憶されるが一般であるから、右両商号は営業主体が同一であるとの誤解を生ぜしむるか又はその混同誤認を生ずるおそれがあり、類似商号であるといわざるを得ない。而して、成立に争のない甲第四号証、大阪新聞であることに争のない同第十四、十五号証の各一、二、当裁判所に於て真正に成立したものと認める同第十二号証の一、二、同第十三号証(同第十二号証の一中郵便局作成部分の成立は当事者間に争がない)及び原告代表者本人の供述を綜合すれば、被告の「はり重」又は「新世界はり重」名義の仲居募集広告に応じ、原告方にその応募申込があり、又原告は該広告取扱業者からその料金の請求を受けた事実が認められ、右事実は前示判断を裏付けるに充分である。被告は「はり重」の上に「新世界」なる地名を冠して使用しているから原告の商号と確然区別される旨主張するが、前段認定の事実によれば、右措置を以てもなお営業主体を区別することができず、却つて一主体が両者を兼営するかの如き誤解を生ぜしめることが認められる。

よつて、進んで被告が右商号を使用するについて不正競争の目的があるかどうかを考えるに、原告は、原告の本店は大阪市浪速区恵美須町一丁目一番地にあり、被告は右同一番地に於て前示類似商号を使用して原告と同一営業を営んでいるから、商法第二十条第二項により被告に不正競争の目的があるものと推定される旨主張する。思うに、会社の本店とは会社活動の本拠即ち営業の指揮命令及び監督の中心たる場所をいうものであつて、必ずしも登記簿上の本店と一致するものでないものと解すべきところ、証人高橋位造、長田長政、川崎永一の各証言及び原告代表者本人の供述を綜合すれば、原告会社は昭和二十二年七月五日の所謂料飲禁止政令の施行と共に従来の本店所在地にあつた店舗を廃止し、爾来同市南区九郎右衛門町三番地の店舗を本拠とし、従来の店舗跡は訴外山田某医師に賃貸し、同地上に約三坪のバラツク建物置を所有するにすぎず、これとても右医師が使用して居り、同所には店舗及び営業所の施設が存在しないことが認められるから、登記簿上の記載にかゝわらず原告会社の本店は従前の所在地に存在しないものと解すべきである。原告は従前の本店所在地附近の訴外高橋位造方に連絡所を設けてあり、又所轄税務署も現在に至る迄従前の本店所在地に於て課税しているから、本店は依然として従前の場所に存在する旨主張するが、右の事実があるとしても、前示客観的事実に照らし、原告会社の本店が依然として従前の場所に存在するものとすることができない。そうすると、被告が原告の従前の本店所在地と同一番地に於て営業をしていても、被告の前示商号の使用は直ちに不正競争の目的があるものとの推定を受けることはない。しかし、被告は従前原告の本店所在地と同一番地に於て「ナニワ食堂」なる商号を使用して営業していたが昭和二十三年二月頃に至りその商号を前示商号に改めすき焼、洋食及びフルーツパーラー業をはじめたことは被告の自ら主張するところであり、右事実と前段認定の通り被告使用の「はり重」なる商号は原告の営業と混同誤認されるおそれのある類似商号であること、及び現に世人から混同誤認されていること並に弁論の全趣旨とを綜合して考えると、被告の前示商号の使用には不正競争の目的があるものと推認せざるを得ない。被告は、前示商号の使用をはじめるにあたり原告の了解を得たものであるから、不正競争の目的がない旨主張するが、この点に関する証人山本隆太郎の証言及び被告本人の供述は、証人長田長政の証言及び原告代表者本人の供述に照らしてこれを信用することができないし、又他に右事実を肯認する証拠がない。又被告は、料理旅館業者の商号はその業務の性質上局地的であり、且つ撰択に制約がある関係上同一又は類似商号使用の事例が多いことに徴し、被告の前示商号使用についても不正競争の目的があるものと断ずべきでない旨主張する。なるほど、料理、旅館業者間には同一又は類似の商号を使用している事例が多いことは当裁判所に顕著な事実であるが、これがため前示事情の下に於て被告の前示商号の使用につき不正競争の目的があるものとする前段の認定を妨げるものでないから、右主張も亦理由がない。

以上の認定によれば、被告は不正競争の目的を以て原告と同一営業をするため原告の商号に類似する前示商号を使用しているものというべきであるから、原告は商法第二十条乃至第二十一条により被告に対し前示商号の使用禁示を求め得べく、原告の本訴請求中右禁止を求める部分は、不正競争防止法第一条による請求の当否について判断をする迄もなく既に正当である。

次に、原告の損害賠償の請求について按ずるに、原告は被告の前示商号使用により金二十五万円の損害を蒙つた旨主張し、原告代表者本人の供述によれば、原告会社は被告の前示商号使用により営業主体の混同誤認を生じたゝめ若干無形の損害を蒙つたことが認められるが、その数額についてはこれを認むべき何等の証拠がないから、原告の損害賠償の請求は失当たるを免れない。

よつて、原告の本訴請求中、被告に対し前示商号の使用禁止を求める部分は正当としてこれを認容すべきも、損害賠償の請求は失当としてこれを棄却すべく、又仮執行の宣言はこれを附するに適しないから右申立を却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 坪井三郎)

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